比較文化研究所沿革

Sophia University Socio Economic Institute booklet
Yotsuya campus in the past: a photo from SUSEI booklet
Sophia University Building #1
Sophia University Ichigaya Campus
Sophia University Ichigaya Campus Main Building
Sophia University IChigaya Campus: Audotorium
Binded volumes of SUSEI Bulletins, Sophia University
Monograms published by ADMP run by IMDS
Father Robert Ballon
Sophia University Building #10
stack of ICC books.jpg

(比較文化研究所は、1963年に設立された上智大学社会経済研究所がその前身となっている。)

 

前身

1963年、上智大学に社会経済研究所 (SUSEI)が創設された。

その活動の中心を占めたのが国際マネジメント・セミナー (IMDS)である。

 

1960年代には以下のような活動を実施

1.シンポジウム:

EEC シンポジウムを経団連と共催 (1963)。オリジナルの論文及びその翻訳は書籍として出版。

スイスのテクノロジーと産業シンポジウムをスイス大使館と共催 (1964)。オリジナルの論文及びその翻訳は書籍として出版。

EEC の国際政策をテーマとした3日間のセミナー を経済同友会と共催 (1964)。

ベルギー産業シンポジウムをベルギー貿易振興会 と共催(1965)。

2.1965年以来、ロベール・J・バロン教授をセミナー主任とし、猪原英雄教授、木村秀夫教授らの協力を得て、毎年ほぼ20回にわたり、外国企業のエグゼクティブを対象に日本のビジネスに関する公開セミナーを開催。その中でも卓越した講演は書籍あるいはモノグラフとして出版。

 

1970年代には以下のような活動を実施

1973年から1988年にかけて、 IMDSは JAIMS (富士通のハワイ法人がスポンサーをしている日米マネジメント研究所) プログラムの日本開催担当、すなわちビジネス概論及び企業訪問を毎年担当するよう委託された。この15年間に参加した外国の学生は計400名にのぼる。1989年以降JAIMSの学術的な部分は、日本・ハワイ双方で行なわれる全てがハワイ大学の主管となった。

1974年、SUSEI関連施設は市ヶ谷キャンパスに移行。

IMDSは1974年と75年には6週間にわたるSummer Study in Tokyo: American and Japanese Law をノートルダム大学(インディアナ州)及びサンタクララ大学(カリフォルニア州)各校のロースクールと共に開催し、全米のロースクールにその門戸を開放。

 

1960年から70年にかけて、IMDS は300近いセミナーを開催し、その参加者は延べ5000人にものぼった。その間に書籍を7冊、ビジネス・ブレティン74冊を出版。(5万部を超える販売総数となった) ーそして1981年、 バロン教授指導のもとIMDSは、まだできて間もない比較文化学部の名を日本国内の外国人コミュニティーに知らしめるべく創設された、比較文化研究所の外事活動として組み入れられることになった。

 

1980年代には以下のような活動を実施

比較文化研究所

比較文化研究所 (ICC) は、上智大学に相応しい国際プログラムを創生し、大学・大学院レベルにふさわしいカリキュラムが永続的に維持・発展できるよう、1981年に創設された。創設当時の所員は以下の通り: モーリス・ベイリー (所長)、 ロベール・J・バロン、グレゴリー・クラーク、 ピエール・デル・カンパーナ、後藤寿美子、ジーン・グレゴリー、リンダ・グローブ、池田美智子、永井道夫、斎藤金一郎、高根正明

1984年、ピエール・デル・カンパーナ教授、外国語学大学院比較文化専攻主任がICC所長に就任。ベイリー教授の監督責任のもと、ICCでは比較文化専門のリサーチ・ライブラリーを開設。1990年代後半にはその蔵書は1,600冊に及んでいた。

1987年、外国語学大学院比較文化専攻主任だった、ジェームズ・C・アベグレン教授がICC所長に就任。

1988年から90年にかけて2名の客員研究員(期間は各6ヶ月)の受け入れ: Kurt W. Radtke (オランダ) 及びYuru Wang (中国)

 

IMDSの活動

・1988年に至るまで毎年、 IMDSは JAIMSの日本部分を担当

・1988年、 IMDSはEUビジネスマン日本研修プログラム (ETP)のセミナー部分を担当するよう要請を受けた。ETPは毎年開講されるEU主催のヨーロッパの若手ビジネス・エグゼクティブを対象とした18ヶ月間のプログラムで、当初7年間は東京にある駐日欧州委員会代表部によって運営されていた。契約下、各ETPプログラム最初の12ヶ月間にわたり、 IMDSは35回のセミナーと10回の企業訪問を開催。 ETP 8 ・ 9 の参加者は計77名。

IMDS が主催した公開講座は 217 を数え、参加者も合わせて 4,210名 にのぼり、そのうちの何回かは海外で開催された。出版物 (IMDS): 書籍3冊、ビジネス・ブレティン75-127 (販売部数45,000部)。

 

1990年代には以下のような活動を実施

比較文化研究所

1992年から1999年の間毎年、比較文化研究所は、財団法人 国際開発高等教育機構(FASID)の依頼を受け、故河野昭夫教授の監督のもと、開発援助共同講座(Advanced Development Management Program)を開催。 その目的は日本の大学院に在学中の院生(日本人、外国人共に)を開発プロジェクトやプログラムの実際の局面で遭遇する困難な問題に対処できるよう訓練することであった。参加者総数211名。

出版物(ADMP): ADMPモノグラフ・シリーズNos 1-41(発行部数15,000部あまり)

比較文化専攻プログラムをより良いものにするため当研究所は、各界の著名人や高名な学者を招いて公開講座を開催。また、海外からの客員研究員の研究を支援する活動も開始。

1990年、河野昭夫教授がICC所長に就任

1990年、中井教授による荻生徂徠研究会がはじまり、以来ほぼ6週間に一度の割合で開催

1992年、ラダー・シンハ教授の監督のもと、ADMPがスタート

1993年、河野昭夫教授の死去に伴い、サードラ・ガウシー 教授が所長職を継承

1996年、市川博也教授がICC所長に就任。ADMPの監督は岡田仁孝教授に引き継がれた。

1997年より毎年グローブ教授によって、2日間にわたる "Asian Studies: Japan."カンファレンスの主催を開始

1990年から1997年の間に6名の研究者が財政的支援を受けた: Herbert Glazer (米国、4ヶ月)、 Zhang Limin (中国、6ヶ月)、 Karine Maranjian (ロシア連邦、5ヶ月)、 Ihor Yaschenko (ウクライナ、5ヶ月)、 Minoru Tsunoda (カナダ、5ヶ月)、Wang Yongsiang (中国、3ヶ月)

上記6人に加え、40名ほどの客員研究員が異なる期間にわたって、様々な面での支援(施設やビザの取得など)を受けた。

 

IMDSの活動

1997年、IMDS公開講座終了。1990年代の開催セミナー総数73、参加者数1,428名。1965年から1997年 (32年間)の累計、558セミナー、参加者合計10,000名強。

ETP 10から18にかけて (参加者総計:395)、セミナー部分をIMDSが担当

出版物 (IMDS): 書籍3冊 ビジネス・ブレティン: 128-145 (15,000部)、1997年廃刊。1960年から1997年にかけて145刊が出版され、100,000冊以上を販売。

 

2000年代には以下のような活動を実施

比較文化研究所

・2000年、比較文化研究所は学際的研究プロジェクト"The Rise of Civil Society and University Education"を立ち上げた。研究の財政補助は、日本私立学校振興共済事業団と上智大学が行なった。研究グループは、ICC所員、会社役員、NGOのリーダーから構成されていた。研究リポートは2000年4月15日から17日にわたり、四谷キャンパスで行なわれたワークショップにて発表された。

・2003年-2005年「日本の社会と経営」2003年度プログラム(Japanese Society and Business Program 2003)実施

上智大学がフランスのパリにあるInternational School of Management (ISM)と契約し、2003年9月14日から11月9日の8週間、26名のフランス人学生を対象に「日本の社会と経営(Japanese Society and Business Program)」のセミナーを英語で提供した。

このプログラムは、ISMの国際経営プログラムであるが、パリにあるMBAと同等の学位を取得できるInstitut Superieur de Gestion(ISG)の学生に対して提供されている。ISGの学生は、中国(2週間)、東南アジア(2週間)、日本(2週間)、そして、米国(St. John’s College, 10週間)で文化や社会の異なる4つの地域の経営に関して、国際経営の必須科目の一部としてこのプログラムに参加している。7ヶ月ほどの期間に文化的にいたって異なった地域を移動し、国際経営を勉強するという画期的なプログラムで、その先見性を見越し、上智大学も協力することになった。このプログラムは、国際基督教大学(ICU)が3年前から既にISMに提供しているプログラムであり、応募学生数が増加し、ICUと上智大学が協力して、両キャンパスで提供することになったものである。上智大学では公開学習センターと比較文化研究所がプログラムの運営を担当した。

2004年は9月13日から11月5日までの8週間、学生27名、2005年は9月12日~11月4日までの8週間、学生23名が参加して行われた。

 

その後の研究所の活動に関しては本ウェブサイトを参照の事

 

IMDSの活動

IMDSはETP19(参加者数42名)及びETP20(参加者数36名)を開催した。また、大和英日基金 (ロンドン)のための10セッションからなるプログラムを執り行った。ETPプログラムは国際入札の結果を受け、ETP21以降の主管組織が変更になった。

2002年をもって、IMDSは活動を停止した。

出版物 (IMDS):書籍2冊

 

2002年、岡田仁孝教授が比較文化研究所 所長に選任される。

上智大学研究機構(SURI)は上智大学ファカルティー主導による共同研究プロジェクトの育成を、その重点課題の一つに上げ、様々な施策を行なっています。こうした意向をうけ、SURIの下部組織である比較文化研究所でも自身の研究活動を活性化することで貢献しようと、研究所員が中心的な役割をになう共同プロジェクト・ユニットに財政的な支援を行なうことになり、こうしたプロジェクトが研究所の活動の中核をなすようになる

 

2004年、長年IMDS、ICCを牽引してきたロベール・J・バロン神父が帰天。84年の生涯をとじられた。

 

2005年、1992年にバロン先生が創設された奨学基金「上智大学国際ビジネス奨学金」を改め「ロベール・J・バロン奨学金」として設立。

    

2006年、市ヶ谷キャンパスから四ツ谷キャンパスへ移転。

 

2008年、ファーラー・ジェームス教授が所長に選任される。

研究所の活動をより多くの人に理解してもらうべくウェブページを立ち上げた。出版もモノグラフなどを印刷するのではなくウェブ上で電子出版物として出版する方針となった。

 

2012年、デイビット・スレーター教授が所長に選任される。

 

2019年、林 道郎教授が所長に選任される。

現ウェブサイトを立ち上げる。